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東京都足立区の歴史
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所在地 足立区千住

     千住本陣跡とその周辺
 この案内板がある小道は千住2丁目と千住3丁目の境界をなす通りで北千住駅前通りが全通する昭和初期迄はかなり重要な通りでした。
 ・千住本陣跡
この案内板の北側一帯が本陣(大名等専用の宿屋)で千住宿ではここ1ヶ所だけでした。敷地は361坪、建坪120坪であったと記録されています。
 ・明治天皇行在所跡
明治9年(1876)の明治天皇の東北御巡行の砌。この地に泊られ皇后陛下御一行と送別の宴を当時千住代々の旅篭であった中田家の別館で催されました。そのため底を行在所(天皇陛下が一時的に滞在する所)といいました。
 ・千住見番跡
江戸時代から千住宿には遊女(食売女)をおいていい旅篭が50軒ほどありました。明治にこれが禁止されると千住芸妓組合が成立し、その事務所(見番)がこの地に置かれました。花街が千住柳町に移転させられた大正8年(1919)以降も昭和18年(1943)迄営業していたといいます。そのためこの通りを「見番横丁」といっていたそうです。
 ・丁目境の筋違
各丁目毎にその境界は街道に対して出入をつけていたのですが1~2丁目、3~4丁目の境界が拡幅等でわからなくなってしまったのに対し、ここは旧街道に対して2丁目側と3丁目側の正面が違うのがはっきり見られます。
 平成9年(1997)8月吉日 
  株式会社 山﨑商店 
  北千住サンロード商店街振興組合Aブロック
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所在地 足立区千住2-11

浄土宗
 三宮神山 大鷲院 勝専寺



 「赤門寺」という通称で親しまれている浄土宗寺院で京都知恩院を本山とする。寺伝では文応元年(1260)勝蓮社専阿上人を開山、新井政勝を開基とし草創されたという。
 江戸時代に日光道中が整備されると、ここに徳川家の御殿が造営され、徳川秀忠・家光・家綱らの利用があった。また日光門主等の本陣御用を務めた記録も見られ、千住宿の拠点の一つであったことが知られる。
 加えて当寺は、千住の歴史や文化に深くかかわる多くの登録文化財を今に伝えている。木造千手観音立像は千住の地名起源の一つとされ開基新井政勝の父正次が荒川から引き上げたという伝承を持つ。
 ほかに1月と7月の15・16日の閻魔詣で知られる寛政元年(1789)の木造閻魔大王坐像、巻菱潭の筆による明治12年(1879)の扁額「三宮神山」を山門に掲げるほか、千住の商人高橋繁右衛門の冑付具足を伝来している。いずれも足立区登録文化財となっている。
 平成13年(2001)10月 足立区教育委員会


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